娘が「お母さん、私たち、結婚式はしないでフォトウェディングにしようと思うの」と告げてきたのは、桜の便りが聞こえ始めた春先のことでした。私の頭の中には、白無垢姿で神前を歩いた遠い昔の記憶と、親戚や友人たちに囲まれて少し照れくさそうに微笑む娘の姿が浮かびました。結婚式と披露宴をすることが当たり前だった私たちの世代にとって、その選択は少し寂しくもあり、同時に、今の時代らしい合理的な考え方なのだろうと、どこか感心する気持ちもございました。娘たちが二人で話し合って決めたことなら、母親としてできるのは、その晴れの日が最高に素敵な一日になるよう、静かに見守り、応援することだけです。 しかし、その日から、私の静かな応援の日々は、少しばかり形を変えることになりました。夕食の後、リビングで寛いでいる娘の手には、いつもスマートフォンが握られています。料金プランの違いを理解しながらベストな選択を画面を覗き込むその表情は真剣そのもので、時には深くため息をつき、時にはぱっと顔を輝かせるのです。何を見ているのかと尋ねると、返ってくるのは「フォトウェディングの口コミ」という、私にはあまり馴染みのない言葉でした。「このスタジオ、写真はすごく綺麗なんだけど、対応が悪いっていう口コミが多くて…」「こっちは評価は満点に近いけど、なんだかレビューが嘘っぽいのよね」。顔も名前も知らない誰かが書き込んだ言葉に、娘の心はまるで小舟のように揺れ動いているようでした。便利な世の中になったものだと感心する一方で、私にはそれが少し不思議に思えたのです。大切な記念の日のことを、なぜ、見ず知らずの他人の評価にそこまで委ねてしまうのだろう、と。 ある晩、悩み疲れた様子の娘に、私は思わず「そんなに人の言うことが気になるなら、お母さんの知り合いに写真屋さんを紹介しましょうか?」と口にしてしまいました。すると娘は、困ったような顔でこう言ったのです。「お母さん、ありがとう。でも、そういうことじゃないの。今はね、自分たちで情報を全部調べて、一番良いところを、失敗しないように選ばないといけない時代なのよ」。その言葉に、私はハッとさせられました。私たちの時代は、結婚式場に任せておけば、衣装も写真も、全て「良いもの」を滞りなく手配してくれました。そこには、良くも悪くも「お任せする」という信頼と安心感がありました。しかし、今の若い方たちは違います。無数の選択肢の中から、自分たちの価値観に合うものを、自分たちの責任において選び取らなくてはならない。口コミとは、その果てしない選択の荒波を乗り越えるための、唯一の海図のようなものだったのです。娘が気にしていたのは、単なる人気や評判ではありませんでした。「隠れた追加料金」や「スタッフの連携不足」といった、自分たちの力ではどうにもならない現実的なリスクを、どうにかして避けようと必死に情報を集めていたのだと、その時ようやく理解いたしました。 それからの私は、娘にアドバイスをすることをやめました。代わりに、「それで、あなた自身は、どんな写真が撮りたいの?」「どんな一日になったら、心から嬉しいと思う?」と、彼女自身の心の内に問いかけることを心がけました。情報の渦に巻き込まれ、少しだけ自分の気持ちが見えなくなっていた娘が、少しずつ「私は、豪華さよりも、スタッフさんが温かい雰囲気のところがいいな」「彼が緊張しないように、たくさん笑わせてくれるカメラマンさんがいいな」と、自分の言葉で語り始めてくれた時は、本当に嬉しゅうございました。やがて、娘たちは数えきれないほどの口コミの中から、自分たちの「軸」に合う一つのスタジオを見つけ出し、その顔には久しぶりに晴れやかな笑顔が戻っていました。 撮影当日、少しだけ見学させてもらったスタジオには、口コミ情報に違わぬプロフェッショナルなスタッフの方々と、心からの笑顔を浮かべる娘夫婦の姿がありました。出来上がったアルバムの中の二人は、本当に幸せそうで、その写真を見ているだけで、私の胸まで温かくなります。フォトウェディングと口コミ。それは、今の時代を生きる子どもたちが、自分たちの幸せを自分たちの力で掴み取ろうと奮闘している、一つの証なのかもしれません。親としてできるのは、その選択をただ信じ、いついかなる時も一番の味方でいてあげることなのだと、娘の美しい花嫁姿を見ながら、静かに心に誓ったのでした。
内科心療科医院
患者さんはいつも沢山います。院長先生はいい人だとは思います。しかし医療事務をやっている人はちょっと問題があります。私は一時期、生活保護を貰っていました。本来、こうした事は口外しないようにというのが、医療現場ではルールではないでしょうか。それを大きな声で話すのでダダ漏れでした。確かに、生活保護に陥った私にも要因はあるでしょう。しかし、医療という現場ではそういう差別的な思考が私は根底にこの医院にはあるように思えます。あくまで私が実感した感覚なので、本当の所は解りかねる所はあります。箕面市から生活保護を受けトイレのつまりや、水回りトラブルも専門業者が対応してくれたり、市が色々と優遇してくれることには感謝しておりますが、それでもやはり口外されることに違和感を受けます。しかし、私以外にもこうした事をやっているとしたら非常に医療をやる人間として、不適格な人を雇っている事になります。人を傷つける事を喜びとする人間は、福祉には完全に向かないと私は思います。それとここの医院には看護婦が見られません。先生と医療行為する時にもサポートする看護婦さんは見た事がありません。かなり変わった医院だと私は思っています。